免疫システムの自律的・適応的制御原理を解き明かす
免疫系は、「自己」・「非自己」を識別し、生体の恒常性を維持するシステムとして進化してきました。獲得免疫系において、「自己」は遺伝子によってのみ決まるわけではなく、時々刻々変化する環境(生体内環境と生体外環境)と相互作用しながら適応的に形成され、変容してゆきます。
例えば、我々の腸管に常在する腸内細菌は、遺伝的には非自己ですが、免疫系は多くを「自己」の一部と判断し、排除することなく互恵関係を結んでいます。私たちの研究室は、免疫系が環境との相互作用を通してどのように「自己」を定義してゆくのかという問題の解明に取り組んでいます。
「自己」を規定する免疫寛容の仕組みの破綻は自己免疫疾患、炎症性腸疾患、アレルギー疾患、がん、感染症などさまざまな疾患の発症につながるため、この問題を解くことは、免疫学における中心的課題の一つであるのみならず、医学・薬学においても重要な課題です。
我々は、このダイナミックな「自己」の形成・変容の原理を解明することを通して、さまざまな疾患を「自己」の変容の一様態として理解し、変容過程を操作する方法論を開発することで疾患を治療することを目指しています。
従来、免疫系はウイルス、細菌、寄生虫、毒素などのさまざまな病原体や変異によって生じるがん細胞を「非自己」として認識・排除するシステムであり、「自己」には盲目であると理解されてきました。
ところが、実際には健常個体にも「自己」に反応するリンパ球(T細胞、B細胞)は多数存在しています。そして、それら自己反応性リンパ球の中には、自己組織を攻撃して傷害する有害な細胞ばかりでなく、生体にとって有益な細胞も存在することがわかってきました。
制御性T細胞(regulatory T cells; Treg)は、そのような有益な自己反応性リンパ球の代表例であり、免疫反応を抑制することで「自己」に対する免疫寛容を成り立たせ、自己免疫疾患、炎症性腸疾患、アレルギー疾患などさまざまな疾患から我々の身体を守っています。
加えて、制御性T細胞は傷害を受けた組織の修復・再生を促進するなど、生体組織の恒常性を維持する機能も示すことが明らかになってきました。つまり、制御性T細胞とは有害な免疫反応を抑制することによるのみならず、生体組織を能動的に守り育てることで「自己」を規定していると捉えることができます。
私たちの研究室では、この魅力的な細胞に焦点をあて、「自己」を認識するリンパ球による免疫システムの自律的・適応的制御原理を解明し、得られた知見を疾患治療に結びつけたいと考えています。